| 四方山話(PC-98x1) | ||
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PC9801四方山話PC9801に関する四方山話を。暇つぶしに書いたり、日記の移動だったりする。手にした機種 ゲームソフト 周辺機器 現在 PC98(1) PC9801F初めて手にしたPC98はPC9801Fという機種で、メモリ128KBと5インチ2DDドライブを装備したものだった。1991年のことだったと思うが、当時は既にPC9801EXというメモリ640KB・3.5インチ2HDドライブを装備したモデルが出ていたはず。というのも、これを買った友人が9801Fを貸してくれたから。PC9801は83年(だったと思う)に発売、88系とは開発もとの事業部も違うし、88が既にゲーム機としての方向性が出始めていたが、98系は明らかにビジネス層をターゲットにしているようだった。初代PC9801はFDDも外付けだったが、今考えるとこれは何を意味していたのだろう? ビジネス向けだったら外部記憶装置は必須だから、わざわざFDDを外付けにする意味はないと思うのだが。 PC9801VMというモデルが出て、ここからようやく体裁が整ったというところか。このモデルは最低でも256KBのメモリ、80186系の命令を装備したCPUであるV30、1MBフロッピーに標準で対応。これ以降、PCゲームの対応機種案内に「PC9801VM以降」という表現が一般化、PC9801のスタンダードモデルになった。ここから爆発的に売れるようになったらしい。 一方9801EXは、標準で640KBのメモリを装備していて、640KBというのは9801の最大メインメモリでもあったため、3.5インチFDD装備もあいまってやはり大量に売れるようになった。これを買ったから9801Fはもういらない、というわけで手に入れることが出来たわけである。 こうして手元にきたPC9801Fは、まずPC離れしていた自分のリハビリに供された。もっとも、ウチに来た時点で384KBに増設されたメモリはともかく、MS-DOSとその上で動くBASICがあるだけなので、キーボードに慣れたりする程度でその働きは終わった。何せ、前述のPC9801VMとはBIOSレベルで違う点があったりするし、FDは2DD止まり。その生涯は短かった。 PC98(2) PC9801EX改制御情報工学科に進学してからは、学校にPCがあることもあったり、寮に入ったりでPCがすぐに欲しいとは思わなかった。もっとも欲しいことは欲しいのだが、金銭的な問題で諦めざるを得ないということだった。学校に行けば電算室のPCは使えるし、懇意にしてくれる先生の研究室に行けばPCはさわれるのである。その頃はプログラム組んだりすること自体が楽しかったので、目的には十分だった。しかし寮を出て実家から通うようになると、学校のPCをほぼ無尽蔵に使えることもなくなり、ゲームやらDTMやらパソコン通信やらやりたいことが増えたこともあり、またPCが欲しくなった。ところが、一緒に通学していた(学校帰りのみだし、そもそも別の学校の学生だったが)T君が新しいPCを買ったというので、彼が使っていたものを一式5万円で譲ってもらった。一式と簡単に書いたが本当に一揃いで、軽く書くと以下の通り。
この9801EX改は94年暮ころから1年半ほど使ったが、その後は身の回りの人々の間を転々として、身内でのPC普及に役立った。サイリックスの倍速CPUや拡張メモリがついていたおかげである。 余談ではあるが、これを使っていた頃データ量の加速度的な増加に耐えられずMOドライブを購入したのだが、購入した230MBのMOドライブの容量が110MBであるHDDより大きく、真剣にMOのHDD化を考えかけた(もちろん、すぐ本末転倒であることに気がつきやめた)。 PC98(3) PC9821Xf96年に当時地元のパソ通BBSで知り合いになった仲間のうちひとりが、PCショップの新規オープン特売の行列に並び、当時すでに型落ちになり始めていたPC9821Xfを\10,000で買ったところから始まる。彼は既にその上位機種を持っていたのだが、9821Xfからメモリを引っこ抜いて自分のPCに挿してしまったのだ。当時まだ前述の9801EXを使用していた俺は、彼に頼んで彼にとっては残骸である9821Xf本体を\5,000で引き取った。更に白亜R氏に頼んで盛岡まで車を出してもらい、\8,000で4MBのSIMMを2枚買って取り付け、ようやく快適なPCになったわけだ。基本モデルだったのでHDDもCDDも拡張グラフィックボードも付いてなかったが、これは結構長く使うことになった。 最初には裸だったPCも、バイトをしていたおかげで潤沢な資金を使い12倍速CDDと1.2GBHDD、MDドライブ、FM音源ボード、追加の2×4MBメモリ、MIDIボードとMIDI音源、VGAボードまで次々に周辺機器を買い足して2年ほど使った。ゲームにプログラムにDTMにと大活躍した機種であった。これは今では誰の手に渡ったかすら覚えていないが・・・・。 PC98(4) PC9821Xa7現在も我が家に現存する俺の最終モデルはPC9821Xa7。学校を中退して最初に就職した会社の同期社員がPCを自作するときに俺が手伝って、そのときにもういらないと言うので98年に引き取ったPC。そのときはCx6x86-150MHzの自作Windows機が手元にあったのだが、PC98は依然としてXfだったために乗り換えることにした。幸い全ての拡張機器が流用できたのですんなり移行できたということもある。で、今もこのPCを使っているわけだが、パーツ一つ一つとってみてもどうやって手に入れたかだけで紆余曲折ありすぎるんだが・・・・。
PC98(5) PC286VEプレハブ部室長屋の向かって右から3番目に存在した、某サークルの遊び道具と言っても過言ではないPC286VEは、TF君が持ち込んだものであった。この部室は92年までは本来の目的に向かってそれなりに活動していたが、92年の終わりには構成員がほとんどいなくなり廃墟になりかけた。が、93年秋には俺も含めて構成員が急激に増加し、TVやCDプレーヤー等を持ち込んだ末に94年にこのPCは持ち込まれた。この部屋というか長屋全体はいみじくもガソリンや有機溶剤の香り漂う工作場だったが、こともあろうか灯油ストーブや灰皿等もあった。今考えると非常に危険である。PCも火花が出たりすると非常にやばいし、今考えると正気の沙汰とは思えない。実際、2つ向こうにあった自動車部の顧問がよく来ては「火事にゃー気ぃーつけろぉや。あ?」といいながらタバコに火をつけたものである。俺も負けじと常備の灰皿を差し出すのだが。 ちなみに彼が持ち込んだそのPCも、一応見知ってる俺の3つ上の先輩がマージャンで負けた支払いのためやむなく手放したもので、ある日先輩の部屋に行ったら昨日まであったPCがなくなってて、同じものがTF君の部屋にあったのである。世の中全くわからないものだ。 このPCはほぼ100%PMDの打ち込みに供された。やがて氷夷君が持ち込んだアイドルジャパン製サウンドボードであるスピークボードを装備された。朝登校したら4小節打ち込んで、休講があったら8小節打ち込んで、昼休みに4小節打ち込んで・・・・などと際限なかったりしたものだ。 余談だが、この部室はモデラーが4人、絵描きが4人、物書きが4人、他にもいろいろなマニアを抱えていたため、かなり混雑していた。また朝に誰かが鍵を開けて夕方に鍵を閉めなければならなかったが、ほとんど俺の仕事だった。朝8時から夕方7時まで、ワードナの部屋よりも長く開いていたのだから驚きだ。一時期などはほぼ常時誰かが作業していたのでシンナー臭かったが、俺はかまわずタバコ吸ってました。ごめんなさい。 また、冬には吹雪で出入り口が凍りついたことや、学園祭の作業追い込みではここで寝泊りすらしたことがある。入り口が凍りついたときは、学校の給湯室から大量に湯をちょろまかしてきて溶かしたりしたし、寝泊りしたときには夜中に学校のトイレを使ったり寮や体育館のシャワーを使ったものである。もっとも、寮や体育館のシャワーはタイミングが難しいので、先輩の家のシャワーを借りたりもしたが。 ソフトEPSON MS-DOS5.0PC-9801EXに使用。OSなんでソフトかどうか疑問だったりするが、当時は結構これを好んで使っていたような気がする。確かNECのものよりメインメモリを沢山空けれたんだった。あと、身近にEPSON機を持っている人が多かったので、FDで環境を持ち歩くのに便利だったということを覚えている。って、別にそういうFDを数枚用意しておけばよかっただけなんだけど、つい忘れてフォーマットするとEPSON機で起動させるのが面倒になるから。あと、パーティション管理がNEC版の5.0より強かったというのもある。NEC MS-DOS6.2PC-9821Xf以降で使用。NECのMS-DOSは6.2になってようやくメモリ管理が強力になったり、そもそもEPSONの6.2はダメだったりしたのでこうなった。今でも年に1回くらいは古いデータを掘り返すために使っている。ちなみに、某事業所の引越しのときに廃棄されたので拾っておいた富士通版MS-DOS6.2というのもある。AT機用らしいが、BIOSアップデートくらいにしか使ったことがないけど。 Windows95一時期、違法コピー状態で使用(笑)。PC-9821Xfでちょっと使った程度。確かこれでToHeartをプレイしたような気がするが、キャッシュ管理がDOSより強力だったので、ファイルのバックアップ時にはWinからDOSを立ち上げてやっていたような気がする。あと、DOSとの親和性などいろいろな理由で、Win98よりもPMDの動作は軽快だったと記憶。PC-9821XfはというかMate-Xは基本的にWindowsがまったく問題なく動くので、インストールは楽だった気がするが、Win95はPC-9821用にNEC版が必要というのが面倒。 Windows98PC-9821Xfを持って上京したが、半年で自作Win機を組み立てたので、それ用にWin95(DOS/V)を購入して使っていた。が、すぐにWin98が発売され、これがWin95よりも安定していたので買った。最初は自作機に使っていたが、自作機は某所からライセンスごと貰ってきたWinNT4を入れてしまったため、お下がりでPC-9821Xa7にインストール、そのまま現在に至るというわけだ。Win98はPC-9821にもAT機にも同じパッケージが適用できるので楽だといえば楽だ。周辺機器PC9801-86 ステレオFM音源ボードヤマハYM2203を搭載した音源ボードはPC8801時代からNEC標準となっていたが、その正統上位互換でYM2608を搭載したFM音源ボードがこれである。FM6音、SSG3音、16ビット44kHzPCM1音、リズムセクション6音というスペックの音源である。当時MS-DOSとしてメインストリームであったIBMのPC/ATではサウンドブラスターが主流であったが、これはOPL2を使用し2OPのFM8音を使用していたが、NECではYM2203を使用したサウンドボード2がPC8801系でリリースされており、互換を完全にするためYM2608になるのは自然な流れであった。本来YM2608の機能して用意されていたADPCMが使用されず、独自のバッファを使ってリニアPCMを装備した理由は不明だが、結果的にこれが作り手を刺激したのか、NEC純正品という立場もあろうが、YM2608の機能を利用したスピークボードを押しのけて標準を勝ち取った。 これはPMDやFMPなど、いわゆる「FM音源ドライバ」からMML経由でコントロールが出来るようになったため、日本中で打ち込みが流行るようになった。PCとサウンドボードだけで共通のフォーマットが存在しており、データ量も(末期にはPCMを多用したデータも多かったが)少なくパソ通を経由して簡単にデータ受け渡しが出来るようになったことから、MIDI音源を使用した打ち込みよりも音的に劣るにもかかわらず数多くのデータが作成されることになった。自分でもこれは結構やりこんでしまい、今でもたまに扱うこともある。 WGA-VG4 PCIグラフィックアクセラレータボード98年にWindowsPCを組み立てる際にVGAボードの選定で結構悩んだが、当時持っていたPC9821XfにはVGAが装備されてなかったため、新しいVGAボードを買ったらお下がりでXfにも装着できるだろうという目論見でこれに決めたのだが、結果的には大当たり。PC98系はその後ラインナップから消え、Windowsのサポートもされなくなってしまったこともあり、手に入るうちに買っておいて良かったと思える。IOデータ製。性能としては大した事のないものだが、今でも9821Xaに装備されている。XGA解像度でフルカラーを出すことが出来ればそれでいいと思っている自分にとって、ちょうどいいものだった。ちなみに本体のみだとXfではVGA、つまり640×480で256色表示が出来るのみ、XaでもXGAで256色が精一杯である。 SMPU-2N MIDI入出力インターフェース94年からPMDで盛んに打ち込みで楽しんでいつつ、もう少しいい音で打ち込んでみたり、他人のデータを聴いてみたいと思い、SC-88PROとほぼ同時に購入。それぞれ2系統の入出力をコントロールでき、ローランドのMPU直系。ゲームやツールにも多く対応しているのが強みで、未だ現役。IF-2771 SCSI2インターフェースボードPC98系の周辺機器を販売していたICMが発売したボード。当時ICMが破産したというニュースが出たとき、ユーザの間では衝撃が走った。もっとも、ドライバの供給などの点では今ほどシビアではなく、結局今でも困ったことは特にない。ボードの左半分はパターンもチップもなくて、サブ機能ボードを追加することにより1本のCバスで2つの機能を持たせられるというのがウリだったようで、高速シリアル通信やら音源やらラインナップされていて、他メーカーからも多少は供給されたが、結局価格が却って高くつき、廃れた。ICM倒産の一因になっているのは間違いない。ちなみに、自分もこの機能は使っていない。 当時はSCSIといっても完全な規格統一はされておらず、とくにPC98は顕著で「SCSIハードディスクドライブ」という触れ込みで売られているHDDは、付属の自社規格SCSIモドキインターフェース経由で接続しないと認識しなかったりするのが当たり前だった。NECでさえ例外ではなく、NEC製のSCSIインターフェースは、接続されているデバイスのベンダーIDを参照して最初の3文字が「NEC」でないと認識しなかった。それを回避するために、ロジテックのHDDなどはベンダーIDが「NECITEC」だったりしたものだが、IF-2771はそのような困った状態ではなかったので非常に助かった。確か、「偽スカイライン」「サニーSEXaloon」「BLUESKY」こと某氏から貰ったものだったと思う。 LGY-PCI-TL 10BASE-T ネットワークインターフェース10M専用のPCIネットワークインターフェースボード。確か1998年ころ買ったような気がする・・・。現在ディスコンのPCI-LGY-TXCまではPC-9821で使用できたが、現在のラインナップにあるPCI-LGY-TXDはPC-9821に対応していない。100MをPC-9821で使いたい人は、PCI-LGY-TXCを探せ、ということで。現在PC9821Xa7改が現役で、99年にはCPU下駄を装着しCPUが75MHz→125MHzへ。メモリ差し替えなどがあり、今ではK6III-300MHzに2ndキャッシュ256KB、メモリ128MB、12倍速CDD、HDDは2G+2GB、FM音源・MIDI・SCSIボードに拡張VGA+10BASE-Tと、もう余地がないほど拡張して、我が家で唯一のWindows9x系PCとして余生を過ごしている。そのときのメモがこれ。 | |