JUDstyle 四方山話(MZ-721) All your MML R belong 2 us.
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since 8,Aug,1999

MZ−700四方山話

 ウチにやってきた最初のPC、MZ−700に関する四方山話を。暇つぶしに書いたり、日記の移動だったりする。

購入した頃の流れ
終焉

購入した頃の流れ

 SHARPのMZ−700(正確にはMZ−721)というPCがあった。アセンブラ(別売り。マシン語を直接書けば動くが、当然ハンドアセンブル)とBASICが動くもので、ベーマガのゲームを打ち込んだり投稿したり、いろいろと今の自分のマニアっぷりの基礎になっているものだ。新しもの好きな親父がある日突然買ってきたのだが、親父は最初だけ自分で触って、あとは3人の息子、つまり俺たちに預けられたわけだ。親父は俺たちがどのように使うのか興味があったようだが、ゲームが欲しいといえば(たまにだが)ゲームショップに連れて行ってくれたり、周辺機器(PCG−700)も買ってくれた。だから、子供たちが飽きずに遊んだりするのを見て満足してたんだな。

 ところが1985年の初夏。突然兄弟3人で「ファミコンが欲しい」と言い出した。新しいPCが欲しいとは前々から言ってはいたのだが、ベーマガでSHARPのX1の広告を眺めて値段にため息をついていた3人にとって¥14,800(当時消費税なんてものは存在せず)のファミコンは魅力的だった。兄弟3人で金を出して(といっても末弟の俺は¥2,800しか出してないが)、ファミコンを買ってしまった。一緒に買ったソフトは「ちゃっくんぽっぷ」と「ベースボール」で、小学生が親に相談もせず総額2万円を超える買い物、これが親父の逆鱗に触れたらしく、兄弟3人揃ってビンタを食らい、1ヶ月くらいは気まずい空気が流れたものだ。

 ここまではファミコンの話とカブっているが、ここから先が本筋である。

 MZが初めて家に来たころまで話を戻すと、最初は本体の箱だけを買って帰ってきたものだ。当時は今のような統合OSなど存在せず、「パソコンは電源を入れたらBASICが起動するもの」という認識が当然だった。だからパソコン=BASICという図式が見事に成立していたわけだが、MZもご多分に漏れず、本体にはBASICのテープ、それにデモプログラムが入ったテープが入っているだけだった。
 しかしBASICが当時の標準であったことには変わりなく、500頁の本体マニュアル(BASICとマシン語リファレンスも含む)、300頁のHowToBASICプログラミング解説本が入っていた。BASICもSHARPが開発してMZ−80と互換性のあるS−BASICと、ハドソンが開発したMZ−700ネイティブのHu−BASICが添付されていた。

 MZ−700は3グレードが存在し、本体だけの711、当時としては高速なデータレコーダが装備された721、プロッタプリンタが装備された731がそれぞれラインナップに並んでいた。ここはオヤジに感謝せねばなるまいが、オヤジが買ってきたのはMZ−721であり、データレコーダが標準装備(しかも内蔵)されているため、読み込み・書き込みエラーが極端に少なく、かなり後までその寿命を保った。

 こうして、買ってきて1週間ほどは家族の男衆全員がMZ−700に首っ丈だった。

即、飽きる

 で、まず最初に飽きたのは爺さんだった。もっとも、爺さんは俺たち孫があーでもないこーでもないと云いながらMZと格闘している様を見てるのもそれなりに楽しかったらしいが、やはり碁とか将棋のほうが楽しかったようだ。大人気のMZに男4人で群がったのでしょうがないので、俺は末弟ということもあり弾き出されていた。なので、俺と爺さんだけ将棋を指していることもしばしば。

 次にオヤジがPCから離れた。もともと自分も興味があったのであろうが、仕事が忙しく余り時間が取れないのと、そもそも息子たちへのプレゼント(?)のつもりで買ってきたものらしい。自分はもっぱら本来の趣味であるオーディオ鑑賞や鉄道模型へ戻っていった。

 かくして兄弟3人がその後数ヶ月間夢中になる準備は整ったのである。

BASIC

 となると兄弟で一番時間に余裕があるのは末弟の俺ということになり、BASICのHowTo本を見ながら例題をこなす毎日。数ヵ月後には、アルゴリズムはともかく言語仕様としてのBASICはほぼ覚えきり、ベーマガのプログラム打ち込みにも精が出る毎日。それにしても、BASICでプログラムが組める小学一年生というのは非常に笑える状態である。同時期にはファミコンが発売されているが、まったく眼中になし。

 となると、ベーマガ投稿プログラムの間違いを見つけて修正するだとか、自分でプログラムを組んでみるというのさほど遠い話ではなくなり、ますますBASICに打ち込む日々が続いた。

 MZ−700は1音のいわゆるBEEP音を音程付きで出力することができ、MMLを使って演奏することも出来た。単音、方形波、音量固定と稚拙なものだったが、これのおかげでMMLに親しんだのは間違いない。複数の音程を交互に演奏することで和音を出力させたくて頑張ったが、結局和音には聞こえなかった(笑)。

ゲーム

 一方で、高度なゲームにも興味が向くのは自然なもので、パックマンなどの市販ゲームも手に入れた。兄弟でオヤジと爺さんに頼み込み、車で1時間も走ってパソコンショップに行き、2〜3本のソフトを買ってもらった。当時¥1,500〜¥2,000くらいが多かったが、明らかにデッドコピーくさいのもあり、まだまだゲーム産業が育ってなかったのだろう。

PCG−700

 当時のパソコンとしては当たり前なのだが、グラフィック画面という概念すらまだなかったこの頃は、グラフィック文字というものがあった。今でいう罫線文字や○◇△等の文字だが、それを画面一杯に並べて何かを表現するのが精一杯。ただでさえANKの狭い隙間にグラフィック文字を詰め込んでいるものだから、外字など使えず表現には苦労したものだ。

 しかしHAL研究所の発売したPCGの一種であるPCG−700という周辺機器が登場すると騒然とした。なにせフォントメモリを外部に増設し、1/4キャラクターごとに任意のグラフィックを設定できるというシステムである。8×8キャラクターが40文字×25行で、320×200のQVGAと等しくなったということ。使える文字種こそ255文字に限られていたが、事実上グラフィックスクリーン同等の機能が使えるようになり、可能性は飛躍的に上昇した。実際、PCG−700を実装したMZで実行される「パックマン」はオリジナル版よりも綺麗に見えるほどの機能を持っていた。
 ところがこれは高度なプログラムを要求され、短時間でのフォントメモリの書き換えと高速な割り込みを要求することからBASICでは動作が遅すぎて間に合わず、結局アセンブラで作られたいくつかのソフトが動作したものの、これで何かを開発しようとは思えなかった代物だった。

 余談だが、これを装着すると本体との間にはフラットケーブルで連絡されているのみで、取り扱いには注意に注意を重ねてあたらないと悲劇となるため、移動にかかる手間という面でもMZ離れを加速させる原因となった。当時実家は呉服店を経営しており、昼はそちらに生活基盤を置いていた。移動は車で行っていたが、大荷物を持って車に乗ったり、店のTVをPCに占領されるのを家族が嫌ったため。

被災

 前述の通りこのMZ、昼は実家で経営していた呉服店においてあることも少なくなかった。しかし、1984年の1月に呉服店の隣店で火災発生というとんでもない事態が発生。HowToマニュアルは水をかぶって皺くちゃになってしまい、リファレンスも多少泥を浴びて茶ばんでしまったが、幸いMZ本体だけは無事だった。むしろ車両と動力制御装置以外のほぼ全てが冠水、車両も乱暴に箱に放り込まれた鉄道模型のほうが余程ダメージがでかかった。

ベーマガ

 当時は電波新聞社発行の「マイコンBASICマガジン」、略して「ベーマガ」という雑誌があった。いろんなPCの投稿BASICプログラムを掲載する雑誌で、それ以外にもアーケードゲームやPC・FCゲームの攻略記事などを載せる雑誌であり、当時のPC少年のバイブル的存在だった。
 最初は読んで打ち込むだけだったが、1年後には自分で投稿して採用されたこともある。が、更にその1年後にはMZ−700の記事などベーマガから消え去ってしまい、時代の流れを痛感したものだ。MZ−700がベーマガから消えた3ヶ月くらいあとでも投稿したが、時代の波には逆らえず不採用となったのが懐かしい。

 ベーマガも2003年に廃刊になったが、当初は「パソコンが使える」というのは「BASICでプログラムが作れる」とほぼイコールだったため、技術欄から広告まで俺もよく読んだが、次第に自分のプログラム志向がアセンブラやCといったハードよりの方に写るとベーマガ自体も読まなくなった。

終焉

 PCG−700は数少ない対応ゲームにしか使えず、結局BASICでのプログラム数十本とマシン語のプログラム数本を書いたが、1985年にファミコンを買ったこと、MZの能力では飽き足らなくなったことから1986年を最後に起動されなくなる。なにせマシン語はハンドアセンブルだったこともあり、結局箪笥に仕舞われることとなった。現在でもMZ・PCGともに実家に存在するが、テープはおそらく全滅ではないかと推測できる。博物館ものであることは確かだが。1998年には実家の屋根裏にあることを確認。
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