JUDstyle 帰校レポート All your MML R belong 2 us.
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since 8,Aug,1999
 久々に学校へ行ってきたので、またいろんなものを撮影してきました。
出発前  3/8のこと。仕事は結構片付いたのだが、あとからあとから雑用を申し付けられ、あわや徹夜というところまで行ったが、振り切って帰宅。大急ぎで旅支度をせねばならん状況に。

 んで、洗濯、各種ガジェットの用意、風呂で全て終わってしまった。日付が変わって3/9 5:20、いそいそと出発。荷物はビジネスバッグひとつ、バックパックひとつに小脇に抱えたコート一着。
 行きの新幹線、これは大宮を過ぎたあたりか。3月18日のダイヤ改正で東北新幹線も全車禁煙となるため、記念すべきラスト・オブ・車内喫煙。
 あちこちに車内禁煙になる旨の注意書きが踊る。ま、新幹線の移動はほぼ寝てるだけだし、禁煙車両からタバコ吸うためだけに喫煙車両まで往復する輩が消えると思えば、正直困らないというか歓迎ですらある。
 待ち合わせの宇都宮駅到着。本来ならここで氷夷の車へ乗り継ぐのだが、氷夷は光画部よろしく遅刻とのことで、駅前でブラブラ。というか寒くてガクガクブルブル。まだ7:05だったので、駅前は閑散としている。
 抜けるような空の青さ。デジカメで露出もクソもないし、縮小JPEG画像なのがもったいないと考えるのは、やはりカメラマニアの血だろうか。
 宇都宮といえば餃子・・・・といいたいところだが、サラ金に押しつぶされそうな餃子館の看板。地方都市の駅前はどこもこんなもんだけどね。
 なにやら芸術作品。サラ金の看板をフレームに収めないように苦労した(笑)。
 その芸術作品の天辺。ここらへん(駅舎を出て5分)でいい加減寒くなったのでコートを着た。気温は氷点下2度くらい。
 朝日を背負った宇都宮駅舎。やはり人の姿はない。電車が到着した直後だけ、ドバーッと人が流れ出てくる。
 案内システム。行き先に付与された4桁の番号をボタンで入力すると、バス乗り場などが印刷された紙が出てくるというものだが、設計が悪く紙詰まり率100%という素敵仕様。俺がここで氷夷の到着を待っている間、7人がこのシステムを利用したが、全て紙詰まり。操作パネルのすぐ前はスロープになっていて、ここで車椅子の人は相当苦労していた。漸うでスロープ上ったら印刷排出口で紙詰まり発生、手が届かないので取り出せず。JR東日本にクレームをつけておくことにする。
移動中 宇都宮〜一関  8:05、ようやく氷夷が駅に到着し、アルファ147に搭乗。途中はだいたい起きていたが、どだい徹夜明けで車に乗せられて高速乗ったら、起きているのは無理(笑)。

 しっかし、アルファは左ハンドル車なので、助手席で居眠りして目が醒めた瞬間、居眠り運転していた錯覚を覚えビビることうけあい。
 一関につくなり、まずは腹拵えということで直利庵へ。いやあ、岩手の蕎麦はおいしい。
 14時頃、学校に到着。訪問イベントにはまだ早いので、ブラブラ散歩。5階建ての専攻科棟が、妙な存在感を発している。
 一般(歴史)の助教授の教官室前で見つけた、追試の結果。そういえばそういう季節で、玄関脇の会議室では卒業判定会議が行われていたし、もうすぐ進級判定会議だったりする。追試をギリギリの点数で通過している三年生に説教する文章が踊っているが、学生はそんなことを理解するにはまだ早い。
 部室長屋の前を通ったら、驚くべきことに蛇口が増設されていた。しかしこれは何の意味があるのだろう・・・・・。片方からお湯が出るわけでもないだろうし・・・。
 んで、部室長屋の全景。懐かしい、ここで寝泊りしたり宴会したりしたものだ。
 専攻科棟の2階踊り場から。ロボコンは今でも入学希望者集めの重要な広告塔だ。
 5階建てだと、さすがにエレベータがついていないと先生が困るという。そしてこれはかのシンドラー社製エレベータ。乗ってみたが、当然ながらただのエレベータだった。
 エントランス前吹き抜けを5階から。無意味なまでの綺麗さ。
 で、専攻科だけかと思ったら3年と4年の一般教室もここにあったのね。未だに黒板だが、黒板は維持費が高くつくと思うのだがどうだろう。
 専攻科棟の階段踊り場から、一関市街(というか住宅地)。黄昏の住宅地は少しノスタルジック。向こうに見える山というか丘の上で宴会したこともあったっけ。
 1階の実験室には、バイオハザードの警告が。放射能警告は前からあちこちにあったが、バイオ研究は昔からは行われていたわけではなかったよな?
 というわけで、専攻科の建物を後にする。無駄に綺麗。
 旧(というか今でも)機械工学科棟の教官室。ガラス張りで気持ち悪い。やはりあの事件の影響とのことだ。関係ないだろうと思うのだけどね。
 薄暗い製図実習室。あの昔ながらの製図技術は、今でも役に立っている(ただし、プライベートで)
 引張強度測定器。昔の車のスピードメーターみたいに、針が揺れるんで値を読むのが結構たいへんだったなあ。
宴会  えーと、呑んでました。梅内教官、社長、以下合計7名でアサヒスーパードライ中ビン15本、焼酎1升、日本酒数合を3時間で。まあまあの消費量。懐かしい話が炸裂したり、会社の今後とか。先生よりも社長と俺がメインで喋っていたような気がする。場所は、一関市山目三反田の眠々亭。

 この場で、いきなり電子計算機部のmixiコミュニティが立ち上がることが決定したり、何故か社長が俺を会社に呼び戻そうとしたり、話の破綻具合は推して知るべし。
 で、終わった後に二次会・・・・と思いきや、社長が「じゃ、俺はこれから昔の友達と呑み行くんで」といつもの超マイペース全開だったので、俺たちも駅前に呑みに行くことにする。とりあえずホテルにチェックインして身軽になってから。そういえば、社長は昼も単独行動でBASIEへ行っていたなあ。俺も行きたかったけど・・・。
 んで見つけたのは駅前の赤提灯。24時で閉店というが、まあしょうがない。会社の真面目な話を肴に、とにかく飲む、呑む。なんであの学校のOBであの会社に入った社員はみんなザルなんだろうか。特に女衆。
その後  呑み足りないので、ホテルに戻ってからの〜りと27時まで呑みつづける。いろんな話。正直、半分くらいしか覚えてない。9時間呑みっぱなしという体たらく(笑)。
 んで、3月10日朝。頭痛と寒さで目が醒める。半裸で寝てた(笑)。

 どうもシングルが一杯だったので、夜中にチェックインした俺にはダブル+エクストラベッドの部屋が割り当てられたので、全員呼び集めて朝まで飲むことも可能だったが、結局の〜りとサシだった。まあ、あんまりそういう機会もないので、これも有意義。

 8時に起床してすぐ起動、朝メシを食いに出るが、遠くに社長を発見。100メートル先で手招きをしていたので、しょうがなく走る。モーニングコーヒーをゴチになったが、根掘り葉掘り今どうしているか訊かれたり。
 駅前にあったマクドナルドがなくなったので結局駅舎の蕎麦屋で朝飯。ああ、戸田久の蕎麦だ。大変おいしいので、食べる前に写真をとるのを忘れていた。
3月10日日中  あちこち声掛けたんだけど、期せずして同級生だけ集まった形に。ファミレスで3時間ほど歓談。キミちゃんが連れてきたお嬢ちゃんはプリキュアの塗り絵に夢中。名前聞いたけど、もう覚えていない(というか、俺はスポーツ選手以外の人名を覚えられない)
3月10日夕方  パロス@金ヶ崎でQMA。ラセン@川崎から目撃報告のメールが届いた(笑)。予習2回設定の店舗だが、ここは禁煙なので長居はせず。

 荷物が増えたので、24時間営業のAEONでキャスターバッグを\2,000で購入。
 3月11日昼。小雪が舞う中、出発。
 懲りもせず、水沢駅でまた戸田久の蕎麦。東京に帰ったら当分蕎麦なんて食えんな。
 水沢駅前。やはり、寂しい。
 水沢駅ホームで。なんというか、はやてとこまち。コメントが難しい。
 水沢駅の上り方面ホーム。こういう風景を見るために旅をしている。
 一ノ関駅。最近はさっぱり待機列車の数も減って、閑散。
 車内料金表。一関〜小牛田間はワンマンなので、バスさながらの料金表が必要になる、というわけだ。たった二区間で料金は\250、距離辺りの料金が高いことを差し引いても、駅間の長さは圧倒的だ。
 待ち合わせの清水原駅跨線橋から一ノ関方面。見える限り田んぼ。Wikipediaの記事ではセブンイレブンが近くにあるとのことだが、全く見えないぞ?
 もしかしてあれに見えるは駅舎か。
 跨線橋から小牛田方面。完全に無人駅。1966年2月に落成して以来、こういった様なのだろう。典型的な二線二面の後付け駅。一ノ関〜有壁間では、東北本線開通当時の面影が残る並行トンネルを通過してきたのだ。開通当時は単線だったが、複線化されたときにトンネルを広げずもう一本掘ったというもの。
 駅舎は一坪の便所と、二坪の待合室があるだけ。待合室には切符自販機すらなく、乗車証明書発行機があるだけだ。
 使用済み切符はここに捨てる。急に都会から田舎に戻ってくると、こういうところで戸惑う。
 色褪せた啓蒙ポスター。こんなところで活躍しているはやてと、見ているだけのこまち。中学校への通学路には踏切があって、こういった看板もいくつかあったのを思い出す。
 清水原駅前。コカコーラの自販機がひとつ、理容院がひとつ。おわり。
 氷夷はまたも光画部時間を使い(タイヤ交換に手間取っていたらしい)、結局ここで40分ほど立ちんぼう。ヒマに任せてこんなものまで発見、ここは小沢のお膝元、岩手であるぞ。それにしても、大門mixi・・・・・。
3月11日 夕方  駅舎でメテオスやってたら、突然kiriuが来てkiriu宅へ。「読者が選ぶあさりちゃんベスト(上)」などがあった。昔話に今話に花が咲く。
3月11日 夜  ようやく18:15、氷夷が来て出発。高速に乗ってすぐに雪が降ってきて、福島辺りまで大変な旅になったが、運転するのは俺ではなかったので・・・・。それでも、あと30分出発が遅かったら大変なことになっただろう。結局宇都宮駅に着いたのは22:10で、22:09の東北新幹線上りには間に合わず。
3月11日 深夜  ところが、21:29初のMaxやまびこが45分の遅れというので、慌てて切符を買って搭乗。運がいいのか悪いのか。ともあれ、なんとか帰宅。大変だが、中身の濃い旅だったなあ。
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